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「自己責任」型労働について 

たまたま手に取った左翼系雑誌・週刊金曜日の中に竹信三恵子(たけのぶみえこ)さん(朝日新聞記者)が面白いことを書いていた。

まずその中で引用されている経済評論家・山崎元氏のヒルズをモデルとした労働者のカテゴリーを紹介。

 

経済評論家・山崎元氏のヒルズをモデルとした労働者のカテゴリー

①「株式階層」・・・株式分割を容易にするなど、90年代末以降に相次いだ商法などの改定を追い風に、上場株の値上り益で年に数億円稼ぐ企業家や創業時の社員(というタイプ)。

②「ボーナス階層」・・・弁護士やファンドマネジャーなど専門性を生かして利益を上げ、ボーナスで数千万稼ぐタイプ。

③「給料階層」・・・給料に依存して年数百万稼ぐタイプ。



彼女はこのカテゴリーを使って、確かにヒルズの「顔」は①か②だが、圧倒的多数は③の給料依存型(年収500万円程度)だという。

年俸制のため残業も青天井だし、昇給も個人で特別大きな仕事を成さなければ望めない、そんな彼らだけど特別文句は言わない。なぜならもっと良い条件を要求する場合は「転職」を考えるからだという。

昇給を果たすには、スキルをみがいてよりよい賃金水準の企業に転職すること、と社員自信が考えているからだ。労働基準法や労働組合といった安全装置が通用しない自己責任の世界。リスクを社員が負う新しい働き手観が、そこにある。



その後、週刊金曜日の記事っぽくこう主張する。

経営が犯した失敗をなぜ社員が負うのか。社員の負うリスクと会社の負うリスクは、峻別すべきでないのか。(週刊金曜日  2006年06月09日号、p.15からすべて引用)



左翼思想バリバリの週刊金曜日にいつもは一歩引いた目で記事を読む私も「なるほどなぁ」と無意識に共感してしまった。「経営陣」の犯した責任と「労働者」の責任は決して同じではないはずなのに、「自己責任」型労働観だと、経営の失敗もこうむって当然となってしまう。

例えば「経営陣」の不祥事によって株価が下がったとする。その結果として勤めている一社員のボーナスをカットしたり、給与を昇給させなかったりする。つまり結果として経営の責任を労働者に転嫁することになる。
「個人の原子化」が「自己責任」型労働観の広がりと共に進展した場合、労働者が徒党を組めなくなると経営の責任を労働者の責任にされて物申したくなっても「おかしい!!」と勤めている企業に態度表明することは困難であろう。

他文化を「摂取採用」してなんとかグローバルという名の「アメリカンスタンダード」に帳尻を合わせてきた日本だけども一連のヒルズ族の逮捕で「自己責任」型労働観に基づく労働者のありかたを再考する余地はありそうである。

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村上・逮捕前のインタビュー
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しらじらしいなぁ。「自分」からLD株買ったクセに。




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