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新海誠 「秒速5cm」の楽しみ方:”非日常”に日常を求める姿勢 



最近記事かいてないので何か書かねば!と思っていたら、新海誠監督の映画「秒速5cm」の新しいプロモーション映像がようつべに上がってました。正しくは山崎まさよしのプロモーション映像ですけれども、次々に流される「新海クオリティ」の背景に圧倒されて目が映像にばかりいってしまうのは私だけじゃないはず。

私が新海監督を知ったのは「ほしのこえ」という作品からでした。秒速5cmはほしのこえと違いSF要素満載な作品ではありませんが、おそらく監督が視聴者に伝えたいことは同じです。それはお互いの存在を信じれば、知覚できるということ。「相手の存在を信じることさえできればその思いは時間をも越えて相手に伝わる」というメッセージに当時大変感動した記憶があります。

「ほしのこえ」は10回見た今でもすぐ泣ける不朽の名作です。しかしSF要素という非日常を作品に持ち込むと話が大きくなってなんでもアリな展開になってしまう。こう言うのは傲慢かもしれませんが、非日常の中の感動というのは案外簡単に作れると思うんですね。私たちは朝起きて、仕事して、寝るという単調な生活を送っているわけですから、非日常を映画や音楽etcに求めるのは当然なんです。日常に感動しないからこそ非日常を探して感動したがってる動物なんですよ、私たちは。

だけども今回の作品「秒速5cm」はそれとは真逆をいく作品です。本来ならば「非日常」を描くべき・描かれるはずの映画に日常の「リアル」を描いています。これはある意味危険なことです。だってそんな単調な日常をわざわざ映画で見ようと思いますか? 全然エキサイティングじゃないですよ、そんなの。だから「日常」をテーマに映画を作ろうとしたら、これは一種の賭けなんです。もしかするとお客さんが全然入らないかもしれない。

しかし新海監督のメッセージを読んで私は心が震えました。
以下、公式ページからのコピーです。

我々の日常には波瀾(はらん)に満ちたドラマも劇的な変節も突然の天啓もほとんどありませんが、それでも結局のところ、世界は生き続けるに足る滋味や美しさをそこここに湛(たた)えています

映画「時をかける少女」を見た後に「見上げた空はいつもよりも青かった」という感想を述べた人がいました。新海監督も同じメッセージを伝えたいのだと思います。つまり実は私たちが日々生きている「日常」こそがリアルなのであり、それは私たちが思っているほど荒(すさ)んでいたり、単調なものではないということでしょう。この映画を見た後、慣れ親しんでいた「日常」が一層輝いてみえるかもしれません。それを理解したとき、何気ない毎日に感動がこみ上げてくるはずです。本物の「美しさ」は日常の中に何気なくあるもんですよ。愛や勇気や希望も。

秒速5cm 公式ページ

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コメント

「ほしのこえは秒速5cmと違いSF要素満載な作品ではありませんが」
逆だろ
「秒速5cmはほしのこえと違いSF要素満載な作品ではありませんが」だろ
修正よろ

>>YUUKIさん

わざわざ教えて下さってありがとうございます。
早速修正しておきましたm( )m

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